国重文金鑽神社 こけら葺き 葺き替え後

2003年夏に破損部を応急処置しましたが、2008年秋にこけら葺きの全面葺き替え工事が終了し、趣を一新しました


数年先に全面葺き替えるという前提での緊急補修工事で、まさか5年で葺きかえられるとは思っていませんでした。(それ以上持つ自信はあった)
権宮司さんから「葺き替え工事の終了時に見学に来ませんか?」と誘われたのですが、仕事の関係でそれは叶いませんでした。(上から写真が撮れると思っていたので。)
その折に電話で、「銅板はすぐに撤去出来たでしょうが、あんなに杮葺きを切り取っちゃって、怒ってませんでしたか?」とお聞きすると、「いや〜それより、下地の現状
をネットで把握出来て、設計するとき大変参考になりましたと言ってましたよ!」との事で、胸を撫で下ろしました…

屋根はその素材により耐久年数に違いがありますが、長くても数十年で葺き替える必要があります。(瓦の場合、瓦自身は持つのですがそれを止める桟が腐るのが寿命)
植物素材の屋根では特にその耐久年数が短くなってきているのが現状らしく、茅葺きの場合は今までは40年は持つと言われていたのが、今や20年で葺き替えだそうです。
どんな形の屋根でも(曲面でも丸くも)葺けるのが銅板の最大特徴ですが、哀しい事に銅板葺きそのもののオリジナルな形式というのは存在しません。
この例にもありますように、杮葺きや檜皮葺きの線を模して、いわゆる「銅板葺き」と称しています。
したがってその原型の杮葺きを細かく観察/解体出来た事が、5年しか存在しなかったこの仕事の最大の成果だったと思っております。  大熊板金 大熊章一

初層の反射で、二層の軒下が塗り替えたように明るい。
相輪が傾いているのは、全ての塔と同じで、素性の良い芯柱でも露盤の下で固定されていないので、立ち木の状態に戻る習性によると推定。
芯柱を固定しない参照
左から裏山へ登れるが、草が繁茂した崖で、マムシもいるらしいから注意の事!
禁止はされていないが自己責任で。
塔を目線位置で見られる貴重な例である。亀腹は木製。漆喰の亀腹は高さが低く優雅だが、宮大工の話だと初層と立ち上がり部分との雨仕舞いが難しいと。また木製亀腹は、内部から縦の継ぎ手が透けて見える。
参照
初層の北東部分の最上部に、杮葺きの経年変化の比較用か、旧材を残してある。
亀腹との取り合いも同じ材質なので、親和性が良さそうである。
同じ木製亀腹の例
多宝塔特有の相輪と四隅を繋ぐ鎖。
杮葺き/檜皮葺き専用の金具も近くで見られる。
相輪は黒漆を塗ったと思われる。
強度の関係から相輪及び露盤は鉄製が多く露盤の下が銅板葺きの場合、鉄の雨だれで逆くさび形のシミが出てしまう。
参照
ほぼ同じ位置から撮った銅板補修と全面葺き替え後の比較。
大正14年の解体修理時に施工した杮葺きを、戦後部分的に補修して以来の全面葺き替え。
銅板補修部分のアップ。
杮葺きの葺き足は1寸。補修銅板の葺き足は杮2枚分の2寸。
通常の銅板(定尺四つ切り)の葺き足は4寸5分なので、如何に杮葺きが細かいかが良く比較出来る。
銅板部分は上部にある杮葺きの線を模したもの。
つまり銅板平葺きの横ハゼの線は、杮葺きや檜皮葺きの線を模したものと再認識した。

尚、金鑽神社多宝塔自体の解説としては、管理人も画像を提供しているS-Minaga氏のサイト武蔵金鑽神社多宝塔のページが詳しい

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