画像# 撮影日 工事内容の説明
#001 改修前/後 左が改修前、右が改修後。
#002 2002.3.28 銅板屋根葺き替え後に木部も塗り替えた。
#003 2003.1.26 飾り金具は外し再び金箔をした。屋根は葺き替え中に、木部は塗り替え後取り付け。
#004 2003.3.28 軒付けが1段で折り下げになっていないので、雨水が軒付けに伝わっている。
#005 2002.3.28 いわゆる昔の銅板葺きであるが、よく出来ているので破綻がない。
#006 2002.3.28 鬼板の下に台を付けるのが昔のやり方だった。
#007 2002.3.31 大棟詳細。棟の中に額縁を付けてある。
#008 2002.3.31 鳥衾は細かく葺いて反りを出している。
#009 2002.3.31 稲荷紋は非常に良く出来ている。(これを外して金箔を押し直した)
#010 2002.3.31 前面・裏面での勾配の違いを、台で調整したと思われる。
#011 2002.3.31 額の下面は少し前に出し、雨押さえ式にして水を切っている。
#012 2002.3.31 鬼の台の銅板を剥がしてみると、意外なほど水の浸入がない(勾配が強いからか)
#013 2002.3.31 鬼板と台を撤去すると棟がぐらぐらする。実に簡単カンタンに鬼は止めてあった。
#015 2002.3.31 台に描かれた文様はいたずらではなく、稲荷紋である。
#016 2002.4.6 銅板を剥がすと、アスファルトルーフィング/フェルトはひいておらず(当時は無か
った?)野地板に防腐剤のコールタール?が塗ってあったようで、腐食は全く無い。
#017 2002.4.6 驚く事に箕甲の始まり(甲境)が弓なりに反っており、さらに箕甲は1枚板を削り
出したものであった。どうしてこのような方法を採ったかが次で分かる。
#018 2002.4.6 裏面の、棟から1尺くらい下の野地板の隙間をみると、何と!棟札を発見!!
取り出せるように野地板を垂木2本分切ってみた。
ところが垂木の下に厚い貫のような横材がありさらにその下にまた垂木があった。
横材には竹釘が残っていたので、銅屋根の前は柿(こけら)葺きかそれよりも厚い
栩(とち)葺きであったことが確認された。この横材は通常の柿葺きの木舞野地よ
りも巾が狭く厚いので、正式な栩葺きというより当時田舎でよく行われた木っ端葺
きと思われる。
#019 2002.4.6 棟札を取り出す為に木舞を1本切ってある。しかし木舞の巾よりも隙間の方が大き
く、これでは薄い柿葺きを止めるには隙間が多すぎる。また柿葺きではこれだけの
厚さはいらない。したがって柿より厚い割板を止める為の木舞と思われる。
#019a 2003.8.1 参考の為に柿葺きの木舞の画像を載せておく。厚みは5分程度で隙間は少ない。
#020 2002.4.6 棟札の表面。昭和13年に銅屋根に葺き替えた事が分かる。
「御造営後、約百年」というのは古すぎるとしても、幕末か明治初期までは下ると
思われる。
#021 2002.4.6 工事を担当した職人の名前のうち「銅工 金子定次郎」とは、蕨駅前通の金子金物
店の先々代で、当時は板金業を営んでいた。屋号は「銅定」である。
大熊板金の現会長(父)の親方であったが、父はまだ修行中だったのでこの工事に
は参加できなかったとの事である。
さらに注目したいのが「木挽」という職種が書かれてあり、その木挽職が箕甲を1
枚板で削りだしたと推測される。(「善前」とは現さいたま市の産業道路沿いの地
で、二十三夜の北・太田窪の東であり、神社から約3キロ)
以上の状況から、以前のイメージを残したまま現在の銅板葺きのやり方で葺き替え
る事とした。
#022 2002.4.6 駒額を作るため、箕甲の頂点を平らにカットする。鬼板の重みがかかるので補強。
#023 2002.4.8 西側、駒額を取り付けた所。
#024 2002.4.8 棟札を取り出した穴からカメラを突き出し、小屋裏を撮ってみる。
野垂木が二重になっているのが良く分かる。
#025 2002.4.8 何と鳥の巣があった!どこから入ったのか?
#026 2002.4.8 棟の雨押さえを持ち上げて、アスファルトルーフィングを差し込んでおく。
棟の端には銅板の捨て板も予め入れておく。
#027 2002.4.10 大棟の屋根板は腐食が著しいので撤去した。棟の中の額の野地はそのまま使える。
#028 2002.4.10 棟の束は小さいが、額の内側と外側の2重材で止められているのでこのままにした。
#029 2002.4.11 雨押さえが棟の高さに比べて小さいので、前に角材を抱かせその上に5分板を張り
上部はゼロに削って勾配を緩やかにした。(通常、雨押さえは屋根の半勾配)
屋根板は新規材を取り付け、雁振・鳥衾の巾の分だけ水平に削り安定を良くした。
棟の端の中央部には鬼板をコーチボルトで止めるので、角材を埋めた。
#030 2002.4.11 前面、右側。銅板を剥がした軒付け。登りの軒付けに水が廻った跡が明らかである。
下端の野地が腐食して落下し(銅板も無かった)、ここから鳥が侵入したらしい。
#031 2002.4.11 流れ造りの向拝側の一番下は、勾配が極端に緩くなるので水が廻りやすい。
その跡がクッキリ残っている。
#032 2002.4.11 右側軒付けの腐食部を撤去する。
#033 2002.4.11 正面軒付けに銅板の下端を差し込めるか、バールで持ち上げてみる。
驚いた事に正面の軒付けはL型に板を打ったのではなく、社寺の外長押のように正
面と下面が一体になった三角形の無垢材だった。
#034 2002.4.11 下端を差し込む為の隙間となる3ミリベニヤを、裏甲から5分奥の位置に入れる。
#035 2002.4.11 銅板下端を差し込む為の3ミリベニヤと軒付け野地との関係詳細。
赤く塗られた木口裏甲と右側の縦に入れてある木の下端の間に銅板を差し込む事に
なる。通常、木の下端は乾燥による収縮を防ぐ為、縦に細かく切って打ち付け、隅
は扇状にする。横に1枚板で入れると乾燥で木が縮むからであり、銅板の下端もそ
れを見込んでベニヤまでピッタリに差し込まず、1分くらい余裕を見込んで差し込
む。また下端を止める銅釘も外側に1本だけ止めて、奥は止めてはいけない。
#036 2002.4.11 前面、左側。右に比べて腐食部分は小さいが、同じように3ミリベニヤを入れる。
#037 2002.4.11 正面軒付け下地が3角形の無垢材なのが良く分かる。
#038 2002.4.13 箕甲の野地が無垢材を削りだしたのが良く分かる。
#039 2002.4.13 正面軒付けに新規材を張り付ける。左右に増しを付け、全体に反り上げる。
#040 2002.4.14 新規に木の下端を取り付けた後その暴れを直すためにその上に小割を抱かせ、同じ
ように上側にも小割を抱かせて箕甲からコーススレッドで固定する。
中程に束を入れて自然な曲線にする。
#041 2002.4.14 左側も同じように下地を作る。木の下端が扇上になっているのが分かると思う。
#042 2002.4.15 型を取り切り出して最終的な銅板軒付け野地を取り付ける。
既存の野地より増しを増やして反り上げているので、全体に緊張感のある軒付けに
なった。(正面・登りともこれだけ増しておかないと、「勢い」が無くなる)
#043 2002.4.15 右側の野地完成状態。サンダーで無垢の箕甲との当たりを取る。
#044 2002.4.15 左側野地完成状態。
#045 2002.4.15 銅板は薄い(この工事には0.3ミリ銅板使用)ので、野地の凸凹がそのまま出てし
まう。そこで出っ張り部分をサンダーで削る。白い斜線部分は逆に凹んでいる部分。
#046 2002.4.15 左右同じように当たりを取る。
#047 2002.4.15 平部分の野地板は経年変化により縮んで継ぎ目に3分ほどの隙間が出来ていたので
全体に埋木をする。(ちょうどこの隙間に銅板の釣り子が来るとまずいので)
#048 2002.4.18 旧棟札と今回の葺き替え工事の棟札の表面。
3年前に葺き替えた隣の天神社も併記されている。
#049 2002.4.18 旧棟札と今回の葺き替え工事の棟札の裏面。
#050 2002.4.18 新旧の棟札を並べて小屋裏に取り付ける。
#051 2002.4.19 古い建物は左右で寸法が違うので、全ての軒付けの型を取る。
#052 2002.4.19 野地の凹んでいる部分にアスファルトルーフィング(厚みが1ミリある)を何枚も
重ねてパテ代わりにする。(重ねたルーフィングは熱で一体化する)
#053 2002.4.19 アスファルトルーフィングを張る。箕甲部分は距離が伸びるので適度な位置に切れ
目をいれ、別のルーフィングを差し込む。
#054 2002.4.19 箕甲の落ち込みが深い部分は平部分と軒付け部分との差が大きいので、ルーフィン
グを細かく張り、平部分をその上に重ねる。
#055 2002.4.19 パテ代わりのルーフィングの状況。これだけ入れないとなだらかな曲面にならない。
#056 2002.4.20 前面、アスファルトルーフィング張り終わった状態。
#057 2002.4.22 裏面は勾配が強いので水切れが良く腐食が無かったので、正面に新規軒付けは付け
ていない。ただし隅に増しを付けたのでその分浮いた部分を埋めた量が多い。
#058 2002.4.22 裏面、アスファルトルーフィング張り終わった状態。
#059 2002.4.22 裏面、銅板地板の割付。前面・裏面ともに雨押えの下から同じ寸法(上下方向)に
なるように段数を計算する。端数と斜めになっている部分は1段目で取ってしまう。
#060 2002.5.1 加工してきた正面軒付けを取り付ける。全体に反り上げてあるが、これでも下から
見ると真っ直ぐに見えてしまう。つまり真っ直ぐだと端が垂れて見えるという事。
#061 2002.5.2 前面、左側軒付け。ルーフィングが5分出た軒付けの先までのばしてあり、さらに
垂直に下げてある(折り下げ軒付け)ので水がここで切れ、軒付けに伝わらない。
#062 2002.5.2 前面、右側。このなだらかな軒付けの線が見せ所である。
#063 2002.5.14 ルーフィング上に出来上がりの線を全て石筆で描いておき、その通り銅板を葺く。
箕甲部分は何度も下に降りて、実際に下から見る位置でおかしくないか修正する。
前面・裏面とも葺き足(銅板の上下寸法)を同じくすると自動的に段数が決まって
くる。端数は1段目で取ってしまう。建物によっては1段目が広くなったり狭くな
ったり、かすがい(左右に振り分ける真ん中の1枚)がずれてしまう場合もあるが
前面はかすがいが中心に来るように割り付けする。
#064 2002.5.14 箕甲の甲境(平部から箕甲に入る境の位置)が弓なりになっているので、その前後
の縦ハゼが段数により逆ハゼになるので充分注意する。
#065 2002.5.14 縦ハゼを入れる位置を下から見て、最も綺麗に見える位置に割り付ける。
駒額に近づけるにつれて傾けてあるのは、これが水の流れる方向であり、流れ方向
の横ハゼを直角に近づければ水が切れ易いという理由からで、この薙刀状に反り上
げるのはハゼを組めずに重ねるだけの柿葺き・檜皮葺きの線を模したものである。
#066 2002.5.14 横から見るとこれほど横ハゼの線が反り上がっている。
この線の出し方は長年の経験がいる。
#067 2002.5.14 基本的に縦ハゼは上下の間に入れるので、箕甲上部はこのように小さくなる。
また3次元曲面を2次元の平面の銅板で葺くので、この縦ハゼで歪みを取る意味も
ある。実際はこのように反り上げないで葺くのは不可能。(最後で歪みが出る)
#068 2002.5.14 このような小さな堂宇は、平部も箕甲も同時に吹き上げて行く。
#069 2002.5.14 箕甲に入ると縦ハゼを逆にする。(水が縦ハゼの中に入り込まないように)
上段に行くに連れ、縦ハゼが逆になっているのに注目。
#071 2002.6.15 銅屋根完成。中央部の3本の銅板の色が変わっていない所は、屋根上の足場があっ
所。一雨降ればすぐに同じになってしまう。
#072 2002.6.15 大棟詳細。棟の中と鬼板の額の中の稲荷紋は金箔を押し直して取り付けた。
葺き替え前の緑青が吹いた紋がこのように綺麗になるのは、緑青が腐食ではなく
表面を覆う保護被膜であるという傍証である。
#073 2002.6.15 雁振・鳥衾を被せた最上部の横ハゼが綺麗に通っているのに注目。
#074 2002.6.15 葺き替えの場合、鳥衾を鬼板の中心に取り付ける事は、棟が倒れていたりするので
意外と難しい。
#075 2002.6.15 額縁の納め方は葺き替え前と同じやり方である。
#076 鳥衾は正面から見るとほとんど同じ太さに見えるが、かなり増しを付けてある。
上から見ると巾もこれだけ先に行って太くなっているのである。
#077 2002.6.15 紋は縁を付けて厚みを出し、それごと金箔を押してある。
#078 2002.6.15 棟の端と鬼板の接合面が見せ所で、この場合は返し(棟の端に5分だけ直角に曲げ
て鬼板との隙間を調節する)は付けず、何度も平滑な板を当ててピッタリ付くよう
に細心の注意をした。
#079 2002.6.15 足場を外した直後の全景図。この後、木部の本格的な塗り替えをした。
#080 2002.6.15 #001〜#003までの塗り替えた全景とは、かなり色が違う。
最初の画像の色が正式の神社建築である。
#081 2002.6.15 葺き替え前の前面の銅板は15段、葺き替え後は22段である。
箕甲の丸みが大きいほど銅板の葺き足を小さくしなければ葺けない。