関東の寺院の山門(仁王門)に見られる茅葺き型銅板屋根の一考察(その4)

注)ここに掲載されている全ての銅屋根の画像は、大熊板金の施工したものではなく他社の施工事例です。
ここでは1980年から84年にかけて、東京都文化財保存修理工事事務所工事主任の白井裕泰氏を中心に、東京都史跡天寧寺山門・通用門・鐘楼・外塀復元工事
東京都史跡安楽寺宝塔・仁王門復元工事のうち、安楽寺仁王門(切り妻造りの八脚門)天寧寺山門(入り母屋造りの楼門)通用門(切り妻造りの四脚門)を紹介します。
その前に、安楽寺と天寧寺の所在地は、下のバナーをクリックすると、別画面で表示されます。
安楽寺 は、ほとんど埼玉県飯能市と隣接する青梅市最北部です。
R299で秩父へGO ! で紹介した国道299号線の画像案内ページのここを降りた先の信号を左折か、次のここを左折すれば意外と近いです。

配置図
名所図絵

「青梅市の社寺建築」青梅市教育委員会 昭和63年 より転載

「武蔵名勝図会」成木村安楽寺の図  s_minaga様のサイトより転載

上の配置図/名勝図絵を比較しても、驚く事に江戸時代そのままの境内を現在も保っています。
安楽寺境域は、個別の有形文化財指定の他に、東京都の「史跡」としても指定されています。
その境内の一番東の端に、唐突という感じで
仁王門が建っています。(2000/05/03撮影)

仁王門正面 仁王門斜め裏 仁王門妻詳細 箕甲詳細 妻詳細

天寧寺 は、安楽寺を南へ約3km行った所で、塩船観音寺とはゴルフ場を隔てて西隣りです。(2000/05/03撮影)

全景 内部からの全景 庫裏

正面右の小山より全景

本堂前より仁王門を望む

大庫裏の正面妻

天寧寺 山門(仁王門) 三軒一戸楼門 入母屋造 宝暦10年(1853)の棟札あり (2000/05/03撮影)

仁王門正面 仁王門斜め正面 仁王門屋根全景 仁王門屋根詳細1 箕甲詳細

天寧寺 通用門 一間一戸四脚門 切妻造 建立年代不明 (2000/05/03撮影)

通用門全景 通用門上から 通用門屋根全景 箕甲詳細 妻詳細

この1980年から1984年にかけての、安楽寺仁王門/天寧寺山門・通用門の工事において、茅葺き型銅板葺きの「青梅型」妻の納まりは完成を見たと言って良いでしょう。

ところで建築デザインには特許というものが無いのをご存知ですか?
それ故に「これは格好いい!」となると、近隣の寺院や檀家関係者、さらに工務店や設計事務所まで見学に来る事になります。
また文化財関係の修理工事となりますと、詳細な修理報告書が作成されます。
(部数は非常に少なく、寺院関係者や工事関係者、当該工事管轄の都道府県や市町村の当該部署にのみに配布されるのが通例です。)
さらに具体的な図面が工事終了後に関係者の手元に残りますから、これを入手すれば同じような茅葺き型銅板屋根の野地を作る事もそう難しい事ではありません。
これらをまとめて、一冊の本として出版されるケースもあります。
ただし板金工事の納まりや箕甲の線などに関しては、図面にも本にも通常記載されませんから、板金屋は写真を大量に撮ってその納まりを研究するしかありません。

ほとんど他人事(ヒトゴト)と思っていたこの「青梅型」の茅葺き型銅板葺き屋根ですが、この葺き方で施工してほしいという仕事が来てしまいました。
所在地は(旧浦和市)現さいたま市内谷3-7-13 の「一乗院」様の仁王門です。
施工歴のさいたま市 施工社寺/一乗院 仁王門に4枚掲載してあります。
すでに3回ほど安楽寺・天寧寺の写真を撮りに行ってましたから、そう驚きはありませんでした。

(注)天寧寺の工事終了直後の1984/08/16に撮った画像がありますが、ネガが変色してしまっています。その1その2
   一乗院仁王門の工事が完了したのが2000年7月ですから、上に掲載した画像はその時の参考の為に再び撮影しに行った時の画像です。

次のページ(その5)では、この茅葺き型銅板葺きの「青梅型」妻の納まりを大熊板金が実際に施工した記録を紹介します。

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