関東の寺院の山門(仁王門)に見られる茅葺き型銅板屋根の一考察(その5)

(注)ここに掲載されている全ての銅屋根の画像は、大熊板金が実際に施工したものです。

さいたま市南区内谷3-7-13「一乗院」仁王門 は、切妻造の三間一戸の八脚門で、明和5年(1768)の建立年及び大工・木挽の墨書銘が残されています。
創建時の屋根は茅葺きで、平成11年(1999年)から平成12年にかけて行われた解体修理時は瓦葺きでした。
これを銅板で創建時の茅葺き風の屋根に再現するにあたって、「青梅型」の茅葺き型銅板葺きのデザインを導入する事になりました。
しかし当地は文化的には、荒川左岸(下流方向に向かって左側→東側)から1キロ程度の荒川低地
で、右岸の高台の志木市・朝霞市から
武蔵野台地へ至る地域(真西に30キロ行くと青梅市)とはまた違った文化圏でした。(周辺に現在も残る茅葺き屋根の山門 さいたま市吉祥寺 川口市金剛寺
したがって周辺にはこのような形の茅葺き屋根は無く、施主様側(寺院関係者・檀家→管理人の母方の伯母も檀家)も若干の奇異感があったのですが、
請け負われた秩父の荒木社寺建築さんの熱心な薦めもあり、この「青梅型」の茅葺き型銅板屋根で葺く事となりました。

社寺銅屋根施工 「地域別写真館」の「さいたま市 施工社寺 一乗院 仁王門」と同日撮影(2005/05/04)の別画像

右全景 右全景2 左全景 裏全景


2008/07/27撮影 各部詳細

西側妻 西妻見上げ 西軒付け 北西箕甲
西側妻 詳細
西側 箕甲/軒付け見上げ
軒付け10段詳細
境内より西側の箕甲を見る


2000/06下旬 箕甲上部詳細                          2000/07上旬 大棟詳細

箕甲上部詳細 箕甲上部詳細2 箕甲上部見上げ 大棟 大棟2

如何でしょう?本家の青梅市と比べてもそれほど遜色は無いと自負しておりますが・・・
なおこの仁王門は2001年(平成13年 )2月27日に「浦和市有形文化財」に指定されました。
「さいたま市」になったのが2001年(平成13年)5月1日ですから、旧浦和市最後の指定文化財というわけです。(だからといってどうこうするものでは無い)
というより、最近の市町村指定有形文化財(おもに社寺建築の場合)は、ちゃんとした修理工事が終わってから指定するというケースが多いです。
これですと市の負担が無くて済みますからね。

次というか茅葺き型銅屋根の一考察シリーズの最後(その6)として、2008年に大熊板金が施工した茅葺き型銅屋根の最新作
(それも今回は入母屋の仁王門)を紹介いたします。

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